2014年05月10日

SOGリーコンナイフとベン・ベイカー



SOGナイフでググると、Fighting Knifesという1991年に発行された雑誌のPDFを拾うことができると思います。
これはSOG(ナイフメーカーのほう)の社員さんが会社のデスクを整理してたらたまたま見つけたのでPDF化したものらしいです。

http://www.sogknives.com/blog/sog-history.html

ベイカー氏のSOGナイフに関するこれ以上ない貴重な記録が載っているだけでなく
他のCISO支給品にも共通しそうなふんいきを醸し出してる内容もあるので
訳してみました。
伝わりやすいよう意訳した部分も多々ありますがご容赦ください。


【CISO/SOGナイフのサーガ】

(1ページ)

(編集者注釈:SOG“リーコン”ナイフの歴史は今まで謎のベールに包まれていて、憶測も飛び交っていました。われわれFIGHTING KNIFESは、今回SOGリーコンナイフ、そして第5特殊部隊ナイフの生みの親であるベン・ベイカー氏にお話をうかがい、真実を掲載することができ大変光栄です。ベイカー氏の定義と解説に合致したナイフこそが、真のコレクターアイテムとして扱われるに値するのです。そうでないものは模造品やレプリカで、いかなる希少価値や歴史的価値も与えられてはならないのです。)


 1989年にガリー ボイド氏と面会したとき、彼は私たちが1960年代にSOGや5th SFGに対して供給した沢山のナイフやマチェットを見せてくれた。それ以来、彼とFKの編集者はSOGリーコンやSOGナイフに関する謎を解き明かそうと、私を追い続けるようになった。どちらもベトナム戦争のプロジェクトの中で特に秘匿性が高いものだったのである。何しろ26年前も前のことで細部までしっかり覚えているのか自信がなかったから、1990年に私は日本へと渡った。私の最初の契約者に会って図面や書類を、可能なら手作りのプロトタイプを探すためだった。そして今私は完璧なほどの記録を手に入れるまでに至った。これはひとえに、親身になって協力してくれた与儀商会の社長、田中ケイ氏のおかげである。
 1963年6月、私はCISOの副局長に就任した。CISOは厳重な機密管理下に置かれた組織で、CIDGプログラムを推める特殊部隊を兵站面からサポートする役割を担っていた。一方でCISOは限定的な調査や開発を行う権限も持っていた。CISOはPARASOL-SWITCHBACK計画(ベトナムにおける活動の権限をCIAから軍部に移管するための計画)のもとで、CIAから業務の権限を与えられていた。SOGが活動を開始した1964年には、CISOはSOGの傘下の組織として置かれた。そしてSOGが行う任務の性質上、刻印が表記されてない装備(いわゆる“ステライル”、素っ裸の意から、無刻印の装備品や衣服に対しSOG関連ではこの単語が頻繁に使われるし当時も使われてたのでは)の必要性が生じた。もちろんナイフやマチェットも例外ではなかった。
 初期の需要に対してCIAはヨーロッパ製の装備を支給することで答えたが、ローカルメイド並の質でしかない粗悪なものであった。特殊部隊の隊員たちは皆「究極」のモノを欲していた。だから、わたしは彼らが受け入れてくれるような実用的なナイフの開発に着手し始めることにした。
 まず取っ手のデザインは、 “マーブルズ グラッドストーン スキンナー”をもとにした。1920年代のビンテージナイフで、鞣し革の取っ手が理想的だと思ったのだ。そうしてこれをSOGナイフの研究資料の一つとした。開発の大部分が取っ手の開発に傾けらることになったのは戦闘などのハードな状況下で予想される劣悪なコンディションでも確かなグリップを得ようとしたからで、結果的にそれが私の最初に行き着いた答えだった。試作品のテストが沖縄で現実的な状況下の下に実施され、最終的に取っ手の形状はユーザーの細い指にフィットするような緩やかなカーブのギザギザになった。使用時に最大限のコントロールができるように、最もさやに近いくぼみは人差し指をフィットさせるような位置とした。このさやのおかげで手の完全なガードが可能となり、刃は両刃とした。さや柄頭は真鍮や鉄製だった。アルミのものもあったようだが、個人的に改造したものだろう。
 SOGリーコンナイフは7インチと6インチのものがあった。ガードが尖っているものが見られるがどちらも元々は丸みを帯びたものだった。オリジナルの形状のさやはそのとがった先端に重心のバランスを均等にする役割を持たせた。なお、CISO製のSOGナイフのガードにJAPAN とか書いてあるものは存在しない。

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 私が発見した最適なさやは筋肉や軟骨に対するユーザーの強烈なねじりや引き抜きへの正確性も改善した。さらに、てっぺんと一番下の平らな部分の組み合わせを強く握れることで、ユーザーのさらに強いねじりや曲げの要求にも耐えられた。これら2つの組み合わせは私の知り合いの農家の豚の殺豚場を借りて行った試験で実証された。ブレードを押し込む力はしっかりと皮膚を貫通し首の奥深くまで達した。胸部や軟骨に刺すとナイフが喰いつくので、しっかり引き抜く必要があった。フラットな刃と二重のさやの組み合わせは、問題を見事に解消してみせた。自然と我々の関心事は装備やジャケットを来た敵兵を刺したときにどうなるかということに向けられた。また、くぼみの追加により血が付着して滑りやすくなった状況でも良好なグリップを維持できるようにした。
 長くずっしりした中子は重要な要素だった。これのおかげでナイフの重心をガードの周辺に維持できた。重さという要素もまた、ユーザーの信頼を確かにするものだと私は信じていた。私はナイフのデザイナーではないが、しかしこれは隊員の任務で使われることになる大切なものだから、刃の製作には必死で臨んだ。これは敵側にできるだけ最悪な深傷を負わせ、少しでも早く死に至らしめる作りでなくてはならないからだ。
 厚さ1/4インチの鋼板から切り出された何枚ものブレードは油で焼き戻しがなされたのちに、2分割したグリップがテープで巻いて取り付けられた。この試験片は持ったときの感覚や重量のバランス、切れ味などのテストを受けた。この日、ロス・ベイリー曹長はシダやヤシの木でテストをしたが、刃先のふくらんでいる部分を見るや「くそナイフばかりじゃないか」と言い、決して妥協させてはくれなかった。
 刃の先端を鋭くすぼませて試作した刃先の方も、引き抜きは楽であったものの、上記のへこんだ刃先と同様、却下された。加えて、ブレード下方の反りは振り回すときの軸に影響してしまうため、ブレードの根本の部分が僅かな力を加えただけでも大きく破損する結果となった。新しく作られた7インチのブレードはコンバットナイフとして戦闘に特化したつくりとなっていて、その長さからより深い刺し込みが可能であったものの、

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切り傷があまり大きくならなかった。6インチモデルはより実用的なモデルで、刺し傷は浅くなったものの大きな切創をのこすことができた。この検証は豚を用いたテストで証明された。
 7インチ「リーコン」モデルはSOGの工作員や越境任務に従事するリーコンチーム向けに特化して作られたものである。死と隣合わせの凄惨なCQBを体験したSOGの隊員は前述した理由から、より大きな刺し傷を与えるナイフを要望した。これは恐らく、東南アジアにおける我々の部隊に支給された中で最もレアで、貴重なナイフだったであろう。先に述べた珍しい深紫色のブルーイングが施されたブレードのナイフは、より長く、より強度のあるナイフをとの要求にどこかのメーカーが応えようとして、機械的性質を保とうと徹底的に熱処理をした結果うまれたのだろう。濃い紫色をしたブレードは偶然の産物であり、他に同じタイプの生産型がいくつもある訳ではない。
 ナイフシースははじめはキャンバス生地だったが、茶色の革に代えられ、最終的には黒革になった。ナイフを固定するためのストラップは下に傾けられており、ボタンを外さなくても片手でナイフを取り出せた。砥石のポケットは両側から縫われ、鋲打ちもしてあり頑丈であった。
 とはいえ最終的に、デザインというものはユーザーが受け入れてくれないと意味がないのである。SOGから来た5thSFGの隊員が試験モデルの完成型をテストした。そして1964年6月6日、プロトタイプを製造するための図面が日本の製造契約社へと送付された。あるメーカー(日本刃物?原文はJapan Sword)は使用する鋼の品質が劣悪すぎたためCISOに契約を破棄された。我々が選択した素材はSKS-3という強力なクロムモリブデン鋼(調べたらSKS3はJIS規格の合金工具鋼を表す記号でした。工具鋼ってボルトとかに負けないようにすんごい強度もたせてあるんですよね。そら強いわ…)で、Rc(硬度を表す数値、50代は鋼として相当強い数値だとか)55~57になるように、ソルト焼き入れと油焼き入れ(焼き戻し?)をダブルで使って仕上げた。(この焼入れ方法は液体の中で浮力が有るのと、冷却が油に比べ高い温度で出来るため変形が少なく仕上げられる為、油冷鋼の焼入れに適しています。空気による酸化を受けず、酸化皮膜を 最小に抑えることで、均一に熱処理を行うことができるので組織の安定化が出来ます。…だそうです。勉強になりました)。最初のSOGナイフの製造は日本のヨギ商会という企業が行い、この際の製品名称は“Knife, indigenous, RECON, 7", w/scabbard & whetstone”で、刃渡りは7インチ、生産数は1,308振り、値段は9.85ドルであった。そのうち8振りは明るいブレードを持つ“CISO-2,SOG-5,CIA-1”というものであった。
 1966年10月にSOGはステライルの6インチブレードのナイフと黒革シースを8.4ドルの単価で1200セット発注した。そのうち相当数の個体がクロムメッキとプレゼント用の刻印が施された。私も1つ持っている。私の誇りだ。1967年3月にはさらに3700振りが追加で発注され、名称は“Knife, indigenous, hunting, 6", w/black sheath and whetstone”とされた。これらは管理上の都合からロットナンバーが刻印されたが、やはり他に一切のマーキングも施されなかった。「インディジナス」というワードは、地方のお役所の目を欺くために使われたワードで、ステライルで生産される装備に対して付されたひとつの標識であった。(ということはインディジナスラックサックもプロジェクト・インディジナス・レーションの名前もそういうことなんですね~)

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最後の引き渡しは1967年11月であった。全てのナイフは同じ企業によって製造されたものと私は考えている。
 1967年に5thSFGはCISOに対して、式典(訳せず Mess Association 食事会的な?会食?) に用いる寄贈品のナイフが欲しいので、グリーンベレーの紋章と中央下段の“VIETNAM”の文字と共に、“5th SPECIAL FORCES GROUP(Abn) ”と刻印されたナイフを1700振り発注できないかと要望してきた。CISOはこれに応え、1968年1月に日本製のナイフを5thSFGに出荷した。
 CISOの最もユニークだったナイフは、ダナンに拠点を置かれたSOGの海軍アドバイザー分遣隊(NAD)に供給されたもので、広い両刃のブレードは全体が刃になっていて1cm弱の根元をもち、カーブしたのこ刃がブレードの背中側に付いていた。素材は当時の技術水準における最高品質のステンレススチールを素材とした。“Knife Indigenous, SCUBA/DEMO NAD, 7 1/4" ”という名称で製造された39振りはもちろん全てがステライルで、丸い砥石と茶革のシースとセットで出荷された。そのうち1つはCISOが受領し、残り38振りはOPLAN-34A(Alfa)に従事したNADへと引き渡されたのだが、後日わたしが聞いたところによると、NADは36振りを作戦によって失ったのだそうだ。


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 さて、ここまでSOGや特殊部隊向けにCISOで製造されたナイフを解説してきた。それ以外にも、1972年にはタイの統合戦死者回収センター(JCRC:インドシナ半島全体の行方不明軍人を捜索し、生死および死亡していた場合の状況の調査を主な任務とした部隊。戦闘部隊ではなかったが、任務の為に前線を超えて活動を行わねばならないことも多かったらしい。デルタフォース創設者のチャールズ・ベックウィッズ氏も一時この組織の指揮を執ったのだとか。)に対しても50振りのステライルナイフが支給されている。注意しなければならないことは、いくつかのメーカーが関与したが、その企業のほとんどが長続きしなかったので、ナイフの芯やつばに見られるデザインの細かな差異はメーカーの交代のために起きた偶然である。この差異が廃棄などの基準になることはなく、不合格になるのはせいぜい品質の悪い鋼材を使ったケースくらいであった。とは言えCISOは弾性や強度のテストをしたくらいで、成分の分析のような大がかりな試験はしなかった。我々はリチネンという企業に信頼をおいていた。ヨギ商会はユーザーから得られた意見反映させる品質管理の役割を担った下請け会社であった。
 これらのナイフは“SOGナイフ”だとか“CIAナイフ”などと呼ばれ、確かに聞こえはいいかもしれないが、厳密にはどちらも間違いだ。CISOナイフにはたっっくさんのリプロダクションが存在するが、中にはオリジナルより高品質なものまであったりする。わたしが解説したナイフこそがオリジナルであり、そのことをもう少し考慮して欲しい。ホンモノのナイフは、わたしが共に働いて、共に飲んで、笑って泣いて、ふつつかなわたしの失敗を許し、受け入れてくれた、あのSOGや、5thSFGの隊員たちのためだけに作られたものなのだ。仮にもしわたしのナイフが役に立って、だれか1人の命でも救うとか、彼らの務めががよりはかどったのだとしたら、わたしはそれだけで幸いである。

〔Note:編集者が以下の点について注釈をさせて頂きます。
・ナイフと関連してベイカー氏が説明したSOGの話には少し誇張表現があります。グリンベレーは幾千もの作戦を遂行したものの、CIDGの人数は6万人ほどでした。
・7インチのリーコンナイフはSOGのためだけに設計されました。SOGが最初に6インチを要求した理由は、ステライルを主な理由とすることでより高値で価値のあるモノにすることが目的でした。
・アルマーナイフとベイカー氏は、彼のデザインしたSOG向けのタイプをリスペクトし現代においてコラボしています。〕






…という内容でした。リーコンナイフのバリエーションをまとめると




“Knife, indigenous, RECON, 7", w/scabbard & whetstone” ×  1,308 EA







“Knife, indigenous, hunting, 6", w/black sheath and whetstone” ×  4,900 EA







5th SFG Presentation Knifes ×  1700 EA




他にも




“Knife Indigenous, SCUBA/DEMO NAD, 7 1/4"               ×   39 EA







Indigenous Recon Bolo Knife  (バナナナイフ)        ×   いっぱい







Presentation Indigenous Recon Bolo Knife (寄贈用バナナ)       ×   ぼちぼち







などが、CISOの携わったナイフです。
ボロナイフは雑誌では触れらてないですが、おまけ。

あと、PDFの最後のページで右にいるおっさんが前回のCISOの記事で言った
CISO局長に就いた大佐の方です。この人の他にも何人か交代でポストに就いたでしょうねえ。  

Posted by ながせ(Kingbee) at 20:55Comments(1)EquipmentsCISOKnifes

2013年12月27日

次世代20連マグ 自作



お気に入りの次世代イチロクくん。

もっと楽しく使うために20連マグが欲しいのですがどこからも発売されてません。

「無いものはつくれ」ということで、今回は20連マグを自作してみました。





作り方をググると従来型80連と次世代マグをニコイチにするという方法があったため

とりあえず3本分のマガジンを準備しました。






どっ散らかり具合が非常に恥ずかしい制作風景です(ーー;)

細かいゴミが半端じゃなく出るので、歯ブラシでマガジンのゴミを払いながら続けていきます。






これを瞬接でくっつけて、中身の部品をくっつければ完成です。






とりあえず1つは完成。

マガジンは無事に入り、BB弾も問題なく上がってきます。

オートストップ機能もOK!

残り2つもこの調子でサクサク作ってしまいましょう。


  

Posted by ながせ(Kingbee) at 17:16Comments(2)EquipmentsM16WeaponsMagagines

2013年12月26日

V40

V40を手に入れることができました。

他の方々がすでにレビューされていますが、概要を少々。

名称:V40
愛称:フック・ポッパー
開発:オランダ
信管:4秒遅延
重量:136g (レモン=454g、アップル=397g)
殺傷半径:5m (アップル=15m)
レモンやアップルと比べて遠くまで投げやすく、より多く携行できたV40は
少人数で10倍の敵と戦わなければならないRTやSEALsにより使用されました。
SOGへの供給は主にCISOだったそうです。




ヤフオクでEA (East Asia Supply Co.)製を買いました。

バラバラで送られてきます。





組みました。いい質感です。






RTらしさが引き立ついいアイテムだと思います。  続きを読む

Posted by ながせ(Kingbee) at 15:18Comments(2)Equipments

2013年08月25日

SOGとカメラ



SOGの隊員は偵察任務にカメラを携行しました。

任務中に発見した証拠などを記録し、コッソリ私物として持って帰る隊員も沢山いました。

そのおかげで、今日でも私たちは彼らが戦場で見たものの一部を見ることができています。




個人的にカメラを所有する隊員もいたり、場合によっては支給されたりもしていたようです。

まず、本国の掲示板「SOGベテランにインタビュー」で話されていた内容を紹介したいと思います。

「RT NY」の「AMBUSH MASTER」と名乗る方が応答 2008年2月19日の書き込みです。
http://www.professionalsoldiers.com/forums/showthread.php?t=17383




「出撃前の記念撮影に使うカメラは35mmフィルムのハーフではなくフルサイズを使った。

 いいレンズを積んでるやつだ。1個のフィルムで70枚は取れた。それと予備のフィルムをもう一つ携行した。
 
 OLYMPUS PENは軽くて頑丈で、作動も静かで、使いやすかった。あのヤード達ですら使えたほどだ!
 
 8×11.5倍ズームは、ISO感度400のフィルムでも充分いけた。
 
 そして、こういうカメラやフィルムもベン・ベイカーの供給だったんだ。」


貴重な証言を見つけられて良かったです。

そしてここでもCISOのベイカー氏の名前があがりました。

本当に何でも屋さん、まさしくSOGの“Q”ですね。






カメラの種類は60年代のハーフサイズカメラのうち、様々な機種が使われていたようですが

中でも多く使われていたのが、60年代を代表するハーフカメラ Olympus Pen シリーズでした。

こちらはPen EES-2です。ズームできるタイプです。

CCSではSOGリーコンメンバーたちに対しPEN EES-2が支給されていたとか説明されていました。





さて。さてさて。ミリタリーは趣味はほぼ休止状態の今

他に好きなマンガとかクルマとか釣りとか趣味があるわけでもない私は無趣味人間になりかけたのですが

ここでフィルムカメラに食指が向いてきました。新たな趣味になるかもなんてね。

子供の頃にばかちょん使った以来のフィルムカメラです。楽しそうですね~。

もし不調があったら、少し手入れもしてみよう。分解の入門にうってつけなのもPenなんだそうです。

失敗しても成功してもいいからとにかくやってみようっと( ̄▽ ̄)  

Posted by ながせ(Kingbee) at 23:10Comments(0)EquipmentsCamera